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山口地方裁判所下関支部 昭和45年(ワ)176号 判決

原告 原利光

右訴訟代理人弁護士 田川章次

同右 於保睦

同右 井貫武亮

被告 林兼造船株式会社

右代表者代表取締役 鈴木康一

被告 株式会社宝辺商店

右代表者代表取締役 宝辺正久

被告ら訴訟代理人弁護士 広沢道彦

主文

一、被告らは、各自、原告に対し、金四七二万九、七〇一円及びこれに対する昭和四五年五月一七日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二、原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

四、この判決は、主文第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

1  被告らは、原告に対し、各自金一、〇二六万一、九二二円及び内金九〇〇万円に対する昭和四五年五月一七日から、内金一二六万一、九二二円に対する昭和四八年二月一三日から各支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二、被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

≪以下事実省略≫

理由

一、当事者間に争いのない事実

請求原因一(当事者)の事実は、当事者間に争いがなく、又同二(事故の発生)の事実中、昭和四三年一〇月一〇日午前一〇時過ぎ頃、原告が、塗装のため被告林兼の構内に保留してあった第六阪九の一一番ボイドスペース内で壁面の錆止め塗装をしていたこと、その際原告が防毒面を着用し、被告林兼所有の防爆灯を使用し、スプレーガンで吹き付け塗装をしていたこと、及びその後間もなく右ボイドスペース内で爆発事故が発生し、そのため原告が負傷したことは当事者間に争いがない。

二、本件事故に至るまでの経過

≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

1  被告林兼は、自己の建造した船舶の塗装については、従来から被告宝辺に請負わせていたが、昭和四三年になって訴外阪九フェリー株式会社からフェリー用船舶の建造の注文を受け、同年六月頃から一隻目のフェリー阪九を建造し、次いで同年九月九日までに二隻目の本件第六阪九を進水させ、これを同年一〇月二九日までに完工引渡の予定で同船の艤装工事に取りかかったが、右両船の特殊塗装工事(船舶部等の錆止めの塗装工事)についても、被告宝辺に請負わせることとした。

2  ところで、被告宝辺に請負わせた右特殊塗装工事は、塗装場所が船舶の密閉されたボイドスペース内であり、塗装範囲も広く、塗料も多量に使用するうえに、塗料(エポタール)からは人体に有害で火気に触れると引火爆発の危険があるガスが発生するため、被告林兼は、作業の安全、衛生をはかるため、一隻目の工事を行うにあたり、訴外河野電機株式会社製の防爆灯二〇個位、訴外大西電工株式会社製の防爆型ファン二台、黄色ビニール製ダクト二本をそれぞれ新規購入し、これを下請作業員に使用させることとし、又ボイドスペースの作業穴を一個増設し、計三個とするように設計変更した。

3  被告林兼の工務部作業課長で、当時昭和四七年法律第五七号による改正前の労働災害防止団体等に関する法律第五七条第一項による統轄管理者兼昭和四七年法律第五七号による改正前の労働基準法に基づく主任安全管理者として選任されていた訴外周布保は、前記フェリー阪九の特殊塗装工事を被告宝辺に請負わせるにあたり、同被告の代表者である宝辺正久に対し、安全、衛生を確保するために遵守すべき事項を次のとおり指示した(右工事の施行につき、原告を孫請として使用する旨の報告がなかったので、右周布は、そのことについての認識がなく、当然原告に対して直接何らの指示もしなかった。)。

(一)  被告林兼が昭和四二年一〇月一日内規として作成した「二重底及びタンク内安全作業基準」並びに昭和四三年三月作成した「造船安全必携」の注意事項を遵守すること。

(二)  エヤーラインマスクを使用し、被告林兼の用意した前記防爆型ファン、排気用ダクト及び防爆灯を必ず使用すること。

(三)  工事に際し貸与を受けた右機械器具の管理点検は、被告宝辺が行うが、右点検は外部からの検査にとどめ、これを勝手に分解したりせず、不良品は被告林兼の工具室へ持参して取替えること。

(四)  右ファンは、給気用及び排気用に各一基を使用して換気を十分にすること。

4  前記「二重底及びタンク内安全作業基準」には、電撃防止及び塗装作業の基準として、次のとおり規定されている。

(一)  作業者は、照明用電線、照明器具、キャップタイヤコード、ホルダーその他の電気器具等を、搬入前及び使用前に点検し、漏電を起す恐れがないことを確認した後に使用しなければならない。

(二)  作業者が作業に当って必要な電気器機は、総て防爆型を使用しなければならない。

(三)  管理者(安全管理者及び作業管理者)は、塗装作業一区画毎に二箇所以上の換気孔(給気孔及び排気孔)を設け、一つの換気孔より二重底又はタンクの最底部に到達するようなダクトを用いた排気ファンを設置し、発生するガスを排出して爆発限界濃度以下に保たなければならない。

(四)  排気ファンを用いる場合、給気と排気が短絡しないよう処置し、給気は清浄なものであるようにし、排気は外気に拡散するよう処置しなければならない。

(五)  管理者は、ガス濃度測定者を定め、必要な時間間隔をもってガス濃度を測定しなければならない(但し、右ガス検知についての基準は、その後制定された前記「造船安全必携」により「ガス検知を必要に応じて行なうこと」と改めた。)。

5  原告は、自動車の整備業に従事していたものであるが、昭和四三年六月末頃、当時被告宝辺の従業員であった友人の訴外池田朋恵の紹介で、被告宝辺の下請として船舶の塗装工事を請負うようになり、当初は主として船外の塗装作業等をしていたが、同年九月二〇日頃、本件第六阪九の特殊塗装工事のうち六番ないし一一番ボイドスペース(但し、一〇番ボイドスペースは除く)の塗装工事を同年一〇月一五日頃までに完成する約定で請負った。

6  本件工事にあたり、前記宝辺正久は、前記池田を現場監督に選任し、同人をして原告に対する作業の指揮監督をさせたが、同人が本来神官で、塗装工事についての知識経験に乏しいことを知りながら、同人はもちろん原告に対しても、被告林兼から受領していた前記「二重底及びタンク内安全作業基準」並びに「造船安全必携」を交付せず、又前記周布からうけた作業方法及び安全衛生に関する注意事項を伝達しなかった(≪証拠判断省略≫)。又右宝辺正久は、一日一回現場を巡回し、右池田や原告に対し、バンド等の金具のついたものを着用しないこと、木綿の作業衣を着用し、火気に気をつけてたばこやマッチ類は持って入らないこと、エヤーラインマスクの着用を完全にすること等安全について一般的な注意をしたことはあったが、前記周布から受けた指示に従って作業が行われているかどうかについては十分監督をしなかった。

7  原告は、同年九月二〇日頃本件作業を開始し、その頃雇入れた訴外島昭典及び同岡村某と共に六番ボイドスペースから順次塗装作業を進め、同年一〇月九日から一一番ボイドスペースの塗装作業に取りかかった。そして、本件工事の開始に先立ち、前記池田が被告林兼の工具室から借り出した前記の防爆型ファン二台、黄色のダクト二本及び防爆灯と被告宝辺所有のファン、ポリエチレン製ダクト(長さ二〇メートル位)、エヤーラインマスク、スプレーガン等の器具及び塗料を受取り、これらを使用して作業を進めたが、右池田は、被告林兼から右器具類を借受けた際、その使用方法について格別詳細な説明を受けず、又前記宝辺正久からも特に指示を受けなかったため、原告に対し、その使用方法につき十分な指示をすることができなかった。

8  前記のとおり本件作業に危険が伴なうため、原告らは、平日はできるだけ他の作業が終了した後に開始し、日曜、休日は朝から開始するようにし、作業の終了後は換気孔に据え付けた防爆型ファンを翌日の作業開始時までつけっぱなしで運転させてボイドスペース内の換気をし、他の器具は工事場所付近の甲板上に一まとめにして保管した。そして、原告は、毎日作業開始前に前記池田から作業内容の指示を受け、防爆灯を点検する等して準備をしたうえ、原告と右池田がボイドスペース内に入り、目がチカチカしたり、頭がボーとしないか等体に異常を感ずるか否かを確めてボイドスペース内のガス濃度を調査した後、原告と前記島が二、三時間交替でボイドスペース内での塗料の吹付け作業にあたり、前記岡村は塗料の罐切り、塗料と溶剤との攪拌等の仕事に専ら従事していた(≪証拠判断省略≫)。

9  原告は、被告林兼から供与をうけた前記ファン二基を使用して給気と排気をしたこともあったが、このような方法をとると空気が短絡し、却って換気効率が悪いと判断し、排気ファン一台だけを使用することが多かった。又右のように排気ファン一台だけを使用した場合でも、ファンの下部にダクトを取付けてボイドスペースの底まで降ろせば、空気の短絡も防ぎ、底部に滞留しがちなガスをボイドスペース外に排出することができるが、原告らは、被告林兼から供与された黄色ダクトを排気ファンの上部に取付け、ボイドスペースから吸出したガスを船外へ排出するために使用していた。

10  右のような方法で作業を一定時間続けていると、前方にガスが滞留し、もやがかかったような状態となり、時には作業を中止せざるをえないこともあったため、原告は、作業現場に巡回してきた前記宝辺正久に対し、換気方法の改善方につき指示を求めたところ、排気ファンの下に前記の黄色ダクトを取付けるよう指示されたので、これを実施してみたが、ファンの吸引力が強すぎるためか、右ダクトにはらせん状に針金が通っているのに、これが一枚の板の様になってしまって効果がなかった。そこで、ダクトの吸込口をボイドスペース内にくくりつける方法について検討もしたが、これをくくりつけるのに適当な場所もなく、又作業上も不都合なため、結局ダクトを排気ファンの下に取り付けることを断念し、そのまま右ダクトをファンから船外へガスを排出するために使用していた(≪証拠判断省略≫)。

11  被告林兼は、防爆灯等の器具の定期検査及び一定時期を定めたガスの検知を行わず、又現場の巡視を担当した訴外辻野某も、作業の進行状況や仕上り具合を監視するのみで、安全の管理については余り注意を払わず、原告らが前記のような換気方法をとり、これが前記「二重底及びタンク内安全作業基準」、「造船安全必携」並びに前記周布の指示に反していたのに、これらを遵守するよう原告ら若しくは宝辺正久に対し指示しなかった。

三、事故原因及び事故の状況

1  塗料について

(一)  ≪証拠省略≫によれば、原告が本件事故当時使用していた塗料は日本ペイント株式会社製のエポタールで、これは重量比で顔料約八〇パーセントに対し揮発性の溶剤約二〇パーセントを混合した塗料液に、使用に際し更に約一〇パーセントの揮発性溶剤を加えたものであること、その塗装液の揮発分は約二〇ないし三〇パーセントで、キシレン(キシロール)とメチルイソブチルケトン(MIBK)の蒸気で構成されていること、キシレンは一ないし六パーセントで、MIBKは一・四ないし七・五パーセントでそれぞれ爆発範囲に達し、室温で引火し、その蒸気は空気より重く、低い所に滞留し、混合ガスをつくり易い性質を有することが認められる。

(二)  ≪証拠省略≫によれば、原告は、事故前日の午後九時までの間に一一番ボイドスペースに一〇罐分(一罐は一六キログラム)の塗料を使用していたことが認められる。そして、本件事故当日事故発生までの間に、原告が塗料一罐の三分の二位(約一〇キログラム)を使用していたことは当事者間に争いがない。

2  換気について

(一)  ≪証拠省略≫によれば、原告らは、事故前日午後九時頃、一一番ボイドスペースの塗装作業を終了したのち、いつものようにボイドスペース内の換気をするため、防爆型排気ファン一台を作動させたまま帰宅したこと、事故当日は、仕事の段取をしたのち、午前九時三〇分頃から塗装作業を開始したが、開始に先立ち原告と前記池田の二人がボイドスペース内に入り、前日吹きつけた塗料によるガスの濃度を調べたが、作業に差支える程の異常を体に感じなかったので、まず原告が塗料の吹付け作業にとりかかったこと、右作業中、排気ファン一台を作動させていたが(原告は、現場に給気ファンがなかったため、やむをえず排気ファン一台しか作動させていなかったものであると主張し、≪証拠省略≫中には右主張に添う供述もあるが、これらの供述は≪証拠省略≫及び前記認定の事故当日までの原告らの作業方法に鑑みると、にわかに措信することができず、原告らが給気ファンを作動させなかった理由が、その主張するような事情によるものとは認められない。)、右ファンの下部にボイドスペースの底部に達するダクトを取付けていなかったため(このようなダクトは従来から取付けられていなかったことは前記認定のとおりである)、給気孔と排気ファンとが短絡し、ボイドスペース底部の換気は十分でなかったことが認められる。

(二)  そして、右認定事実によると、前記認定のとおり空気より重く低いところに滞留する性質を有するキシレンとMIBKの混合ガスはボイドスペース内から十分に排出されず、順次蓄積されて、右作業開始後約四、五〇分を経過した午前一〇時一〇分頃には、前日及び当日吹き付けた塗料から発生した右混合ガスがボイドスペースの底部に充満し、爆発限界濃度にまで達していたものと推認される。

3  防爆灯について

(一)  ≪証拠省略≫によれば次の事実が認められる。

(1) 本件事故当時、原告が使用していた防爆灯は、甲板上のコンセントからキャップタイヤコードで電気を受け、このコードの端は、防爆灯の保護金具内の電灯ソケットの上部にある接続部にビスで固定され、防爆灯の一〇〇ワットの白色電球は、外側にグローブガラスがかぶせられ、内部の気密性を高めるため袋パッキングが使用され、その外郭には金属性の格子目のガードが取付けられ、外部の衝撃から保護されるようになっていた。

(2) 原告は、右防爆灯のキャップタイヤコードを、防爆灯から約一メートルのところで輪状にしてウエスでくくり、この輪を首にかけるか、たすきがけにし、塗装作業にあたっては、左手で右防爆灯上部の吊下げ金具を持って壁面を照らしていた(もっとも、作業中手が疲れたときは、手を離して腰のあたりにぶら下げることもあった。)。

(3) ところで、右防爆灯は、訴外河野電機株式会社製の定置灯で、主として炭坑の坑道の天井等に吊り下げて使用することを目的として製造されたものであり、重さは約一〇キログラム、白熱灯と外部とを絶縁し、その表面温度が一六〇度を超えないことを特徴とするいわゆる安全増防爆構造の防爆灯である。従って、本件ボイドスペース内のような爆発しやすいガスの存在する場所において、これを移動灯として手に持って作業することは危険であり、この場合には、物に当ったりして衝撃が加わることを考慮すると、それによる事故の発生を防止するためには、耐圧防爆構造をもった移動灯が使用されるべきであった。

(4) 被告林兼の工具室係は、前記池田に本件防爆灯を貸与するにあたり、コードを引張ってみたりしてゆるみがないかどうか、電灯がつくかどうか等外部からの検査をしただけで、工事期間中の管理、点検は被告宝辺で行うよう指示した。そして、原告及び前記池田は、右指示により、毎日作業開始時に、コードを引張ってみる等外部からの点検をし、時にはグローブガラスに付着した塗料を取除くため、螺子をゆるめてグローブガラスを取り外し、シンナーで拭き取ったこともあったが、保護金具を分解して接続部分の状態を点検することはなかった。

(二)  以上認定の事情を総合すると、本件事故当時には、防爆灯のソケットとコードを結びつけるビスがゆるむ等の故障が生じていた可能性が十分あり、又そのために防爆灯内で火花が発生した場合には、防爆灯内のガスに引火し、それが防爆灯外のガスに引火する危険(耐圧防爆構造の場合はこれが防止できる)があったものと推認できる。

4  事故の状況について

≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告が一一番ボイドスペース内に入り、シャフトカバーの上から約四、五十分間壁面に向けて塗装作業をしていたところ、防爆灯の電球が突然赤味を帯びて暗くなり、その直後に防爆灯のコードの付け根辺りから火が噴き出し、ごう音とともに、ボイドスペース内が火の海となり、原告の着衣が燃え出した。

(二)  原告は、体にかけていた防爆灯とコードを取り外して投げ出し、その場にうずくまったが、間もなく火が消えたので、船底に下りてそこに溜っていた水を体にかけた後、ボイドスペース外に脱出したが、着衣は殆どなくなっており、皮膚が焼けていた。

(三)  右爆発の瞬間には、離れたところで働いていた作業員も驚いてかけつける程の強い振動が甲板上に伝わり、ボイドスペースの排気孔に取付けていた防爆型ファン一台が横倒しとなり、開孔部からは熱気と共に黒い煙やごみが噴出した。

(四)  右事故後のボイドスペース内の状況は、塗装した壁面が赤茶けた色に変っており、明らかに全体が燃えた形跡があった(証人江夏勝行は、本件事故当日の午前一一時三〇分頃、右ボイドスペース内に入ったところ、原告が作業をしていたスプレーガンの噴射部分を中心とした付近だけが黒く塗料が焼けていた旨供述するが、右供述は、以上の認定事実と対比して信用できない。)。

5  事故の発生原因について

以上の認定事実を総合すると、本件事故当時ボイドスペース内が十分換気されていなかったため、爆発限界濃度に達した前記混合ガスがボイドスペースの底部に充満していたところに、用途外の使用と不適切な点検を継続していたため、防爆灯の保護金具内の電線のコードとソケットを結びつける接続部分のビスがゆるんでショートする等、何らかの故障によって防爆灯内に発生した火花が防爆灯内に侵入していた右ガスに引火し、これらがさらに防爆灯外にもれ、ボイドスペース内に充満していたガスに引火し、爆発するに至ったものと推認できる。

≪証拠省略≫によれば、本件防爆灯は気密性が保たれており、外部から灯内にガスが侵入する可能性はなく、又仮に灯内で出火したとしても、これが外にもれることはありえない構造であることが認められる。しかしながら、それは右防爆灯を定置灯として予定された用法により使用した場合のことであり、前記認定のような用法と点検を継続した場合に起りうる状況には妥当しないものというべきである。

6  被告らの主張について

(一)  被告らは、排気ファンの排気能力及び作動状況から考えて、前記ガスがボイドスペース内に充満することはありえず、本件事故は、スプレーガンの前面にあった濃厚なガスが局部的に爆焼し、それが原告の着衣に焼え移ったにすぎない旨主張する。

しかしながら、前記のとおり排気ファンの下部にダクトが取付けられていなかったために、給気孔と排気ファンが短絡し、ボイドスペース底部の換気が十分に行われなかった結果、空気より重い性質を有する右ガスが順次底部に充満し、やがて爆発限界に達したと認めるのが相当であり、右爆発の程度も、前記認定のとおりであり、単なる爆焼とは到底認められない。

(二)  被告らは、本件事故後回収された防爆灯のキャップタイヤコードが切断されていたことは、右防爆灯の接続部分のビスの締付けが強かったことを示すものであり、コードの接続不良による発火ということはありえない。又仮に本件防爆灯内から出火したとすれば、それは右防爆灯の構造からいって、原告らがグローブガラスを取り外した際、螺子の締付を不十分にしておいたか、原告が右防爆灯を使用中に電球を破損したことによるものである旨主張する。

なるほど、≪証拠省略≫によれば、本件事故後ボイドスペース内から回収された防爆灯のキャップタイヤコードが途中から切断されていたことは認められる(右切断箇所及び切断状況については右≪証拠省略≫の内容は一致しない)けれども、≪証拠省略≫によれば、出火の直後原告が右防爆灯を投出したときには、右コードは切れていなかったものであり、その後右コードが切断された事情については、これを認定すべき証拠もないから、右のようにキャップタイヤコードが切断されていたからといって、これをもって直ちに右防爆灯内の接続部分のビスの締付けが強かったものと推論することはできない。又原告らがグローブガラスを取り外してこれに付着した塗料を拭いたことは前記認定のとおりであるが、その際螺子の締付を不十分のままにしておいたとか、原告が右防爆灯を本件事故発生の直前に破損したと認定すべき証拠は全く存在しないから、右主張はいずれも採用できない。

四、被告らの責任

1  被告宝辺が被告林兼が製造する船舶の塗装工事を請負い、原告が被告宝辺の請負った右船舶の塗装工事を下請負していたもので、従来から、原告と被告らが元請と下請、孫請の関係にあったことは当事者間に争いがなく、又被告宝辺が被告林兼から本件第六阪九の特殊塗装工事を請負い、原告が被告宝辺の請負った右工事のうち、六番ないし一一番ボイドスペース(一〇番ボイドスペースを除く)の塗装工事を同被告から請負ったことは前記認定のとおりであり、法形式上はいずれも請負契約であることは明らかである。

ところで、原告は、被告らと原告との間には、実質的にみて使用従属の関係があり、被告らは原告に対し、労働災害を防止し安全に就労せしむべき安全保護義務を負担し、これは第一次的には、労働契約上の義務であると主張するので、以下においてこの点につき判断する。

2  被告宝辺の責任

(一)  前記認定のとおり原告は、本件工事を施行するにあたって、防爆型ファン、黄色のダクト、防爆灯は被告宝辺を介して被告林兼から、ポリエチレン製ダクト、スプレーガン、エヤーラインマスク等は被告宝辺からそれぞれ借りうけ、塗料についても同被告から供給されており、原告としては、何らの機械器具、材料を用意していないばかりか、被告らから、これらを使用するように指示されていたものであって、原告において、これらを使用するか否かについて選択の余地がなく、単に労働力を提供したにすぎない実情にあった。

又≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件事故当時、被告宝辺の従業員は、代表者の宝辺正久を含めてもわずか八名にすぎず、現場の作業は殆ど約二〇名の下請作業員にさせており、主たる事業場である被告林兼の構内にも一六名の下請作業員を入れ、本件第六阪九の特殊塗装工事もすべて原告ら下請作業員に実施させ、被告宝辺側は、前記池田が現場監督として作業の指揮監督に当り、右宝辺正久も一日一回は現場を巡回して監督していたにすぎない。

(2) 被告林兼は、被告宝辺に対し、構内での作業については原則として孫請を許さない方針であったので、右宝辺正久は、本件船舶等の塗装工事については危険も伴うことから、孫請の許可申請をしても承諾を得られないだろうと考え、被告林兼に対しては、原告ら下請作業員を被告宝辺の従業員であると報告して入構させ、労働者災害補償保険の取扱上も、原告らを同被告の従業員として届出ていた。

以上の事実関係に徴すると、原告は、被告宝辺の指揮命令の下に本件塗装工事を行っていたものというべきであり、その実態に着目するならば、同被告の従業員と何ら変りない立場にあったものと認められ、両者の間には、単なる民法上の請負契約にとどまらず、労働契約と同視すべき契約が成立していたものといわざるを得ない。

ところで、被告宝辺は、原告は本件塗装工事を自己が雇用した前記島昭典ほか一名と一組になって施工していたものであり、同被告の帳簿上も原告が行った工事の対価の支払の費目は外注費となっており、原告と同被告との関係は、実質的にも請負契約であった旨主張する。

なるほど、原告が自己が雇用した前記島昭典ほか一名と一組になって本件塗装工事を施工していたことは前記認定のとおりであり、≪証拠省略≫によれば、同被告の帳簿上は、本件事故発生までは、原告が行った工事の対価の支払の費目が外注費となっており、原告が同被告から供与を受けた機械器具の使用料等が右外注費から差引かれていたことが認められるけれども、これらの事実は前記のとおり原告と同被告との関係が法形式上請負契約であることの当然の帰結であり、このことが前記認定の妨げとなるものとは解されない。

従って、被告宝辺は、原告を被用者と同然に使用していたものであり、自己の従業員に対するのと同様に、原告に対し、労働災害を防止しその危険から原告の生命及び健康を保護すべき労働契約上の義務に類する義務を負うことは当然である。

(二)  被告宝辺は、原告は同被告の指示に反し、給気ファンの使用及び排気ファンの下部に取付けるべき黄色のダクトを使用しなかったものであり、これに反し同被告は、原告に対し、安全基準として守るべき内容を十分指示し、作業工具の保守、管理、点検を怠らなかったものであるから、本件事故の発生につき何ら責に帰すべき事由がないと主張する。

右主張事実中、原告が給気ファンの使用及び排気ファンの下部に取付けるべき黄色のダクトの使用をしなかったこと並びに前記宝辺正久が原告に対し、安全に関する一般的な注意をしたことは前記認定のとおりであるが、その余の主張事実に関する被告宝辺代表者宝辺正久の尋問の結果は信用できないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

かえって、前記認定したところによれば、前記宝辺正久は、本件工事の現場監督に塗装工事について知識経験の乏しい前記池田を選任し、被告林兼から受領した前記安全作業基準及び安全必携を原告らに交付せず、又被告林兼から指示された前記注意事項も伝達しなかったばかりか、現場を巡回した際、原告らが被告林兼の指示に反する作業方法をとっているのを知りながら、格別これを改めさせ、或いは作業を一旦中止させて安全をはかる等の措置を講じなかったものであり、その結果本件事故を発生させたものであるから、被告宝辺は、本件事故の発生につき過失があるというべきである。

(三)  そうすると、同被告は、前記安全保護義務を怠り、その結果本件事故を発生させたものであるから、不法行為の成否について判断するまでもなく、これによって原告が蒙った損害を賠償すべき責任がある。

3  被告林兼の責任

(一)  原告は、被告林兼と原告との関係も、実質的にみれば使用従属の関係があったから、同被告も原告に対し、被告宝辺と同様の債務不履行責任を免がれないと主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、被告林兼は、被告宝辺に対し、被告林兼において用意した防爆型ファン、排気用ダクト及び防爆灯を使用するよう指示したが、本件工事開始後は、時折前記辻野某をして現場を巡視させて作業の進行状況や仕上り具合を監視させた程度で、それ以上に直接作業者である原告らに対し、作業について指揮監督したことはなく(被告林兼の工務部作業課長であった前記周布が、原告がいわゆる孫請であることを知らなかったことについては前記認定のとおりである。)、他に原告と被告林兼との間に使用従属の関係が存在していたことを認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は採用しない。

(二)  そこで、進んで被告林兼の不法行為責任について判断するに、前記認定した事実によれば、被告林兼は、本件塗装工事について、元請負人の立場にあり、昭和四七年法律第五七号による改正前の労働災害防止団体等に関する法律第五七条第一項の適用ある指定業種であり、同条及び同法第五八条に定める義務を負っていたものである。

ところで、右義務が行政上の義務であることはいうまでもないが、右各条における規定の趣旨は、建設業等における請負人の労働者に対する労働災害の防止がとかくなおざりにされる傾向があり、そのため往々にして大規模かつ悲惨な事故が多発する事実に照して、当該工事の注文主に一定の注意義務を負わせ、これに違反した者に刑事罰による制裁を科することによって、右のような労働災害を防止しようとするにあると解せられる。そうであるとするならば、当該工事の注文主は、単に右行政上の義務を遵守するに止まらず、請負人の労働者に対する労働災害防止のため、進んで自己が提供する「建設物等」(同法第五八条第一項参照)が当該工事の遂行につき安全な性能を有するかどうかを確かめ、さらに右「建設物等」がその性能に応じて適切に使用されているかどうか等工事の安全についても確認し、もって労働災害の発生を未然に防止すべき条理上の注意義務があるというべきであり、これを怠ったことによって労働災害事故を発生せしめた注文主は、不法行為法上の損害賠償責任を負わねばならないと解する。

そこで、これを本件について検討すると、被告林兼が自己の建造した本件第六阪九のボイドスペースの特殊塗装工事を被告宝辺に請負わせ、さらに同被告がそのうち六番ないし一一番ボイドスペース(但し、一〇番ボイドスペースは除く)の塗装工事を原告に請負わせ(実質的にはこれは労働契約と同視すべき関係である)たこと、右特殊塗装工事が密閉されたボイドスペース内で引火爆発の危険のあるガスが発生する塗料を多量に使用して行われることから、危険防止のために被告林兼が、被告宝辺に対し、防爆型ファン、排気用ダクト及び防爆灯を貸与し、これを現場作業員に使用させるよう指示したこと、被告林兼の工務部作業課長である前記周布が、被告宝辺の代表者である前記宝辺正久に対し、安全衛生を確保するために遵守すべき事項を指示し、被告林兼の従業員である前記辻野某が時折現場を巡視していたこと、以上の事実は前記認定のとおりであり、従って、右工事の注文主である被告林兼としては、右貸与にかかる防爆灯等の器具が右工事の遂行につき安全な性能を有するかどうかを確かめ、さらに右器具類がその性能に応じて、指示どおり現場で適切に使用されているかどうか等工事の安全につき確認し、もって労働災害事故の発生を未然に防止すべき条理上の注意義務があったものというべきである。

そうすると、前記周布保ら被告林兼の安全管理の担当者は、本件防爆灯を購入するにあたり、これが本件ボイドスペース内のような危険な場所において移動灯として使用するに適するものであるかどうかにつき、あらかじめ製造販売会社に問合わせる等の調査をして、その安全性を確認すべきであり、又本件作業の開始後は前記貸与にかかる防爆型ファン及び排気用ダクトが、原告ら作業員によって指示どおり適切に使用され、換気が十分行われているかどうか確かめる必要があったのに、いずれもこれをなさず、前記認定のとおり、漫然とこれを移動灯として使用させ、しかも不適切な点検を継続させたうえ、十分換気されない状況の下で原告ら作業員に作業をさせた結果、本件事故を発生させたものである。

従って、被告林兼の被用者である前記周布保らには、同被告の事業の執行につき、過失があったものというべく、これらの過失の内容に鑑みると、被告林兼が主張するように、同被告において、安全衛生協力会を設けて下請業者に対する安全管理とその教育を実施し、被告宝辺に対し、前記諸規則の遵守を厳重に指示、注意していたとしても、注意義務を尽したものということはできず、本件事故は右過失によって生じたものであるから、被告林兼は、民法第七一五条第一項本文により、これによって原告が蒙った損害を賠償すべき責任があるといわざるをえない。

五、過失相殺

前記認定のとおり、原告と被告らとの関係は、元来元請、下請の関係であり、原告は、訴外島昭典外一名を雇用し、同人らを指揮して本件工事を施行していたものであるから、その限りにおいては、独立の事業者とも見うるのであって、自己及び島ら従業員の安全衛生に注意し、労災事故の発生を防止すべき立場にあったものというべきところ、原告は、本件塗装作業中に、ボイドスペース内の換気が十分でなく、換気方法を改善する必要があることを認識していたにもかかわらず、そのまま塗装作業を続けた結果本件事故にあったものである。

原告としては、作業の安全が第一であることを念頭におき、被告らに対し、強くその改善方を求めるか、危険な状態になった場合は作業を休む等しておれば、本件事故から免れ得たであろうことは十分考えられるところであり、その点において、本件事故の発生については、原告にも過失があったといわざるを得ない。

しかしながら、前記認定の本件作業の実態に鑑みると、被告らにおいて、まず前記の諸措置を講じ、作業員の安全衛生を保持する義務があったものといわざるをえず、そもそも前記のように原告が換気が十分なされていない危険な状態であることを認識しながら本件工事を続けていたのも、被告林兼から貸与をうけていた防爆灯が、安全性の面において欠けるところがないと信頼していたからに他ならないことを考慮すると、損害賠償額の算定にあたって原告の右過失を過大に評価すべきではなく、これをその二割と認めるのが相当である。

六、損害

1  治療経過と後遺障害

≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和四三年一〇月一〇日、本件事故により、右側胸部、腹部、背腰部、四肢に第二、第三度熱傷の傷害を受け、下関市内の黒木外科医院で応急手当を受けたのち、同市内の社会保険下関厚生病院に担送され、同日同病院に入院したが、右熱傷はほぼ全身に及び、体表面積の約三五パーセントを占める程の重傷で(体表面積の三〇パーセント程度が熱傷をうけた場合は生命に危険がある)、入院後右熱傷により生じた肝機能障害(黄疸及び体がだるい状態が現われる)並びに腎機能障害(頻尿)と共に治療を続けた結果一命をとりとめ、入院後二〇日目頃からは肉芽形成も始まったが、同年一一月七日、右上腕部の出血を起しやすく瘢痕を作りにくい肉芽を取りのぞき植皮する手術を受け、翌四四年一月一三日、通院可能となったため同病院を退院し(入院日数九六日)、その後同病院に通院して治療(通院実日数四〇日)を受けたが、右肘関節の運動障害が治らないため、同年四月一八日から五月一五日まで同病院に再入院し(入院日数二八日)、同年四月二八日、右肘内側部分に植皮手術を受けた。ところが、右手術によっても右肘関節の運動障害が残り、ケロイドの痛み等も続いたため、原告は、同月一七日、小野田市内の田村病院に入院してマッサージ等の治療を受け、同年七月一〇日、同病院を退院し(入院日数五五日)、その後昭和四六年九月三〇日まで同病院に通院して治療を重ねた。そして、右各通院期間中、原告は、かなりの回数にわたって山口県内の温泉に赴き、治療につとめた。

(二)  右治療の結果、原告は、昭和四六年九月三〇日頃には症状が固定し、両上肢上膊部、胸部、大腿部等に異常感を伴うケロイド及び色沈ケロイドが残り、又右肘関節が約七〇度しか曲らない運動機能障害が残り、これら後遺障害の改善は今後あまり期待できないと医師から判断されている。そして、右後遺障害のうち、右肘関節の機能障害は、労働者災害補償保険法施行規則の別表第一障害等級表の第一二級六号に該当し、右各ケロイドは同級一三号に類するものと認められ、結局全体として、同規則第一四条第三項第一号により一級繰り上げた第一一級に該当することになる。

2  損害

(一)  温泉治療費

前記認定のとおり、原告は、右傷害の治療期間中、かなりの回数にわたって山口県内の温泉へ湯治に赴いたものであり、本件傷害が熱傷であり、その程度もかなり重傷であったことに徴すると、温泉湯治の効果もたやすく否定できないところであるが、その回数及び一回あたりの支出額について十分な証明がないばかりではなく、湯治が医師の指示に従ってなされたことは本件全証拠によっても認められないから、右温泉治療費については、慰謝料額の算定にあたって斟酌することとし、独立の損害としては認めないこととする。

(二)  付添費 金四万〇、五〇〇円

前記認定のとおり、原告は、本件傷害の治療のため、社会保険下関厚生病院に合計一二四日、田村病院に五五日入院したが、≪証拠省略≫によれば、原告は、右厚生病院に入院当初一週間位は職業的付添婦が、その後一ヵ月間位は原告の妻栄子が付添看護をしたものと認められ、右付添の費用としては、当初の一週間は一日当り金一、五〇〇円、その後三〇日間は一日当り金一、〇〇〇円が相当であることは当事者間に争いがないから、入院中の付添費は合計金四万〇、五〇〇円である。

(三)  入院雑費 金八万九、五〇〇円

原告の入院期間は、前記認定のとおり一七九日であり、右入院期間中の入院雑費としては一日当り金五〇〇円が相当であることは当事者間に争いがないから、入院雑費は合計金八万九、五〇〇円である。

(四)  通院費 金二、四〇〇円

前記認定のとおり、原告は、社会保険下関厚生病院へ四〇回通院して治療を受けたが、≪証拠省略≫によれば、原告は、右通院にあたりバスを利用し、バス代として一回あたり往復金六〇円、合計金二、四〇〇円を支出したことが認められる。

ところで、原告は、小野田市内の田村病院へ一〇八日通院し、一回あたり往復金四六〇円のバス代を支出した旨主張するが、≪証拠省略≫によれば、原告は、当初はバスで通院したけれども、後には自家用車を利用したことが認められるうえに、右通院回数につきこれを確定するに足りる証拠はなく、結局証明不十分であるから、これについては認定しない。

(五)  治療期間中の慰謝料 金一〇〇万円

前記認定にかかる本件傷害の内容及びその治療状況等の諸般の事情を総合考慮すると、治療期間中に原告の蒙った精神的、肉体的苦痛を慰謝するには金一〇〇万円をもって相当と考える。

(六)  休業損害 金三八六万八、二六一円

≪証拠省略≫によれば、原告は、本件事故当時、一日当り金三、二八六円の平均賃金に相当する収入を得ていたが、本件事故後、前記症状が固定した昭和四六年九月三〇日までは全く仕事ができず、その間得べかりし収入を喪失したものと認められるところ、諸物価の値上り等を考慮すれば、昭和四五年一〇月一日以降は、少くとも前記金額の一二五パーセントにあたる一日金四、一〇七円(前掲調査嘱託の結果によれば、労働者災害補償保険の休業補償給付金の基礎日額は、当初金三、二八六円であったが、昭和四五年一〇月一日からその一二五パーセントとなった。)の収入が得られたものと認めるのが相当であるから、本件事故後昭和四六年九月三〇日までの間(本件事故当日から昭和四五年九月三〇日までは七二一日、同年一〇月一日から昭和四六年九月三〇日までは三六五日である)、原告が休業したことによって蒙った損害は、左記計算のとおり、合計金三八六万八、二六一円となる。

3,286円×721+4,107円×365=3,868,261円

(七) 後遺症による逸失利益 金三六九万九、七五七円

≪証拠省略≫によれば、原告は、本件事故までは極めて健康な男子で、前記症状が固定した当時は満三四才であったから、本件事故にあわなければ、六三才までの二九年間、塗装技術を活かして、前記のとおり一日当り金四、一〇七円、年間合計金一四九万九、〇五五円を下らない収入をえられたはずであるが、本件受傷により、前記のとおり右肘関節に運動機能に障害が残ったため、塗装業を続けることができなくなり、やむなく昭和四六年一一月頃から青果業を開業したが、まだ十分収入をあげるに至っていないことが認められる。そして、前記諸事情を考慮すると、原告は、右関節機能障害の後遺症により一四パーセントの労働能力を喪失したと認めるのが相当である(昭和三二年七月二日付労働基準監督局長通牒基発第五五一号参照)。なお、原告には、右関節機能障害のほかに、後遺症として前記認定の各ケロイドがあるが、これは原告の労働能力に制限を加えるものとは認められないから、この点は慰謝料額の算定にあたって斟酌すべき事情とするに止める。

そこで、原告の右労働能力喪失による損害発生時における逸失利益の現価をホフマン式計算法によって、年毎に民法所定年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、左記計算のとおり、金三六九万九、七五七円となる。

1,499,055円×0.14×17,629(ホフマン係数)=3,699,757円

(八) 後遺症による慰謝料 金四五万円

前記後遺症の内容に照らすと、これにより原告が蒙った精神的苦痛を償うには金四五万円が相当であると認める。

(九) 過失相殺による減額

本件事故についての原告の前記過失を考慮すると、以上認定の損害合計金九一五万〇、四一八円のうち、その八割に相当する金七三二万〇、三三四円(円未満切捨て)を被告らにおいて賠償する責任があるものと認める。

(十) 弁護士費用

≪証拠省略≫によれば、原告は、被告らが本件損害賠償請求に応じないため、やむなく、山口県弁護士会所属の弁護士である原告訴訟代理人らに訴訟の遂行を委任し、本訴を提起するに至ったこと、その後右代理人らに対し、山口県弁護士会の報酬規定の定めるところに従い、判決後に手数料及び謝金を支払う旨約したことが認められる。そして、これらの事実に本件訴訟の内容、口頭弁論期日の回数、認容額等諸般の事情を合わせ考えると、被告らに負担させるべき弁護士費用としては、金五〇万円が相当であると認める。

(十一) 結論

よって、原告に対し、被告らが賠償すべき額は、合計金七八二万〇、三三四円となる。

3  損害のてん補

原告が本件事故に関し、労働者災害補償保険から、休業補償費として金二四三万三、四三三円、後遺症補償費として金六五万七、二〇〇円を受領していることは当事者間に争いがなく、これらはいずれも原告の前記損害賠償債権金七八二万〇、三三四円に充当されたと解されるから、右損害賠償債権の残額は金四七二万九、七〇一円となる。

七、結論

以上の次第であるから、被告らは、各自原告に対し金四七二万九、七〇一円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和四五年五月一七日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、原告の被告らに対する本訴請求は、右認定の限度で理由があるからこれを認容し、原告のその余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文を、仮執行宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大須賀欣一 裁判官 野田武明 裁判官小川国男は、転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 大須賀欣一)

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